1.なぜ和の道具なのか ー和の道具の特徴を読み取るー
和の道具とは、そんなにいいものなのか。ここでは、私たち和の道具について勉強し、考察する中で得た仮説をまとめています。このまとめには多方面から異論反論のあることと思います。しかし一方で、最終的な答えを求めてからでは行動、実践できないということも考えられます。
とくに和楽社中では、骨董、古美術的価値ではなく、機能や素材といった切り口でまとめています。これが暮らしや社会に対してどんな可能性をもたらしてくれるのでしょうか…。
昭和30年代まではお茶の間の中心的な装置として、【ちゃぶ台】がありました。このちゃぶ台は足を畳んでしまうことができます。さらにちゃぶ台が丸いのは転がして運ぶことができるためだそうです。日本の建具もそうです。【障子】や【襖・ふすま】は取り外し片づけられます。ベッドである【布団】、イスである【座布団】も畳んで片づけられますよね。
これは居住空間の道具に限ったことではありません。【風呂敷】はどんな物、どんな形でも適応し、洗えるし雨に濡れても大丈夫。もちろん用を足したら畳んでしまえます。意外にも侍の【鎧・よろい】も畳んでしまえます。この特徴はみなさんお持ちのケータイ電話などにも脈々と続いています。
用途の多様性とは、例えば【畳】は床・ゆかでもあり、イスでもあり、ベッドでもあり、時には食卓にもなります。また【火鉢】ですと、暖や炊事、乾燥以外にも、火鉢を間に対座し会話なんかが途切れたときに、火鉢の火を見たり、炭をほぐしたりする人と人の仲立ち的な用途もあります。前出の【座布団】はイスにもあり、枕にも食卓にもなり、またあえて座らないことでその人の「心を表現する」用途も備えています。
用途の転用性とは、【着物】の場合、夏は暑く冬は寒いので、確かに身にまとうという機能面でいえば洋服よりもも頼りないかもしれません。しかし、いったん糸をほどけばもう一度生地となり、布団や座布団のカバー、雑巾、おしめにもなります。つまり転用性という二次的機能で見れば、洋服よりも数段優れています。そこに和の道具の優れている点を見いだせます。
【日本家屋】の部屋自体もそうですよね。食堂にも茶の間にも寝間にもなります。現代ニッポンののプレハブ建築は部屋の用途がきまっていますから転用性はありません。そのときは壊して作り替えるときです。
現在、ものを形づくる素材は大きく分けて4つほどでしょうか。動物性、鉱物性、植物性そして近代に入り化学性の素材があります。このうち化学性はおいておき、3つを中心に考えます。動物性と言えば、革ジャン、ミンクのコート、牛の胃袋の水筒といったものです。鉱物性で言えば、大理石、レンガ、陶器、銀食器などです。
素材という視点で和の道具を見てみますと、本当に植物性のものが多いことに気づきます。多くの人が普段着として着ていた【着物】は木綿で植物性。足下は【下駄】や【雪駄】でもちろん植物性。かつて「木と紙でできている」と、西洋人がいったように【日本建築】自体はもちろん、【障子】や【畳】など建具も植物です。食器にしても水をためる【桶】や【ざる】、水筒だって植物性である【瓢箪】や【竹筒】です。火を扱う【火鉢】ですら植物性のものもあります。植物性のものは軽く、手直しが他の素材に比べ容易であり、これは上記の2点の特徴にリンクしています。
また余談ですが、日本の【家紋】や【文様】には植物の素材が多いのも事実です。逆に西洋ではライオンやワシなど攻撃的な動物が好まれています。やっぱりあいつらは戦闘的だな…。
現代の製品と違い、作り上げた時点が完成品でない
上記の3つの特徴をまとめますと、植物性であるから軽く、容易に片づけられる。手直しが容易であるから転用性も効く。畳んで片づけられるから居住空間自体の転用性が効く。といったように特徴をたどると特徴のサークルが実にうまい具合に描けます。 現代の文明的道具(製品?)の場合、完成したときが、用途としても素材としてもマックス(最上)の状態で、後は古く、ボロくなっていくなっていき、次の製品に買い換えなくてはなりません。 和の道具の場合、使っていくうちに用途を変えたり転用したりして、植物の自然の味や愛着がが出てきたりします。つまり和の道具は完成度としては「完璧でない」。残りは使う人や次世代がその都度、その都度、手を加えていく。それを人は伝統とよびます。これは一言で言うと「未完成の完成」と呼べるのではないでしょうか。

