和楽社中の面々は戦前の映画から、七和三洋の日本の暮らしを探しています。これがいいんです。おもしろいし、おじいちゃん世代のことも分かるし、とっても勉強になります。みなさんも是非ご観覧ください。
 このコーナーでは、その映画から見ることができる日本の暮らしをご紹介します。着付け教室では脚得てくれない日常の着物の着方から、伝統工芸品でない日常の道具の使い方まで。そこには生きた日本の暮らしがあります。

 

堤防の草むらだって、そのまま座ります

 

河原の散歩だって恋人たちには最高の空間です。よく見てください。まったく護岸工事がされていません。

 
 

着物を着てたって、草むらに座っています。気にしない、気にしない。


 

カフェーのイスもいいけど、座敷の席もいいよね

 

昭和初期、喫茶店がはやり始めました。

 
 

でもまだまだ座敷の席でもデートをしていますよ。


 

今夜は活動でも見に行きませう

 

昭和初期、ネオン街だってあります。

 
 

今夜は活動写真でもみましょうね。チケットを買いましょう。


 

ほら、当時の客席はこんなイスなんですね。

 
 

モダンガールの隣には着物の女性もいます。


 

今度の週末はハイキング

 

今日は週末、箱根にでも出かけましょう。

 
 

若者は芝居よりもレジャーかな。


 

でもコンビニなんてありませんから、コーヒーも沸かし、お弁当も用意しています。

 
 

僕のおじいちゃんに聞いた話ですが、芝居小屋は若者には高くていけなかったそうです。その分、映画館にはよく行ったそうです。
また箱根などには友人と電車に乗ってレジャーに出かけたそうです。そのころには郊外電車も発達していたそうです。でも車はもてませんから、ドライブなんて考えても見なかったそうです。


 

和室ならものを片ずければ、パーティーだってOK

 

今日はおうちでお誕生日会。ちゃぶ台にテーブルクロスをしけば、そこはもう立派なディナー会場。お花をかざってと。

 
 

でもやっぱりそこは和室。テーブルの上の洋食器をよそに、お客さんのそばには火鉢がどっしり構えています。


 

モガ・モボは恋愛も自由。でも…

 

女学生が懇意に思う男子学生を見つけました。

 
 

どうやら男子学生も気づいた様子です。


 

「こんにちは」 女性の方から積極的に。それにしてもお洒落な制服です。ちなみにモガは外では洋装を好んで着ていました。

 
 

男子学生は照れています。当時田舎では自由な恋愛は御法度。こういう恋愛ができるのも都会のモガ・モガの特権です。


 

モガはホントに元気です。ドライブもスキーも

 

モガといえばこの斜めにかぶった帽子とパーマが特徴です。車だって自分で運転とまでは、全てのモガは行きませんが。

 
 

モガはスキーにだって出かけます。サングラスだってはめていますよ。でもよく見ると、スキー場まではゴンドラでも、リフトでも馬車に乗っています。でもモガはかっこいい!


 

遠い親戚よりも近くの隣人

 

長屋にはいろいろな職業、家族構成の人たちが住んでいます。今で言う集合住宅です。言い換えればアパートや団地です。でも大きな違いがあります。それはみんなが家族的な関係であることです。
お隣さんは誰か知らない、ご近所づきあいのない現代人が今多いのは、職業人としての時間しか持っていないからじゃないでしょうか。もっと生活者としての時間があれば、ご近所づきあいや奉仕活動も増えるはずです。だって戦前ちゃんとあったんですから。これは事実です。

 
 

長屋はお客様を迎える座敷はありません。でもいいんです。お隣さんだったら、家族なので。火鉢などものを片づければ、そこはもう宴会場。湯飲みだって肴だって畳の上に置きます。だって畳は床でもありイスでもあり、机でもあるんですから。


 

飲み屋も行くし、喫茶店にも行きます

 

サラリーマンといえば居酒屋。でもちょっと違います。みんな座敷に座っています。床座ですね。やっぱりこの方が落ち着きますね。

 
 

喫茶店です。今と比べるとテーブルクロスといい、陶器のカップといい、ちゃんとしたものを使っています。今は紙コップでコーヒー。なんともアメリカ文化は紙コップの紙のように薄いですね。やだやだ。


 

戦前にもゲーセンがあった

 

今で言うゲームセンターでしょうか。射的をしています。戦前だってサラリーマンはサラリーマン。ストレスもほどほどにたまるんでしょうね。疲労感ということばはありました。

 
 

でもゲーセンとはいっても戦前です。やっぱり働いている女の子は着物を着ています。いいね



 

オラ、車なんて見たことねー

 

都会には田舎や長屋暮らしの人とはほど遠い暮らしがありました。車もその日ひとつです。これは珍しくダットサン、つまり国産の車です。ちゃんと右ハンドルなんですね。
昭和10年ダットサン(この車ではないと思いますが)の標準価格が1650円。ちなみにお米10キロ約1.8円の時代です。

 
 

この車がかっこいい。基本的に二人乗りなんですが、後ろ、トランクの部分をあけると座席になります。こんなの今では作ることはできないでしょうかね。あったらほしいな。
ぼくのおじいちゃんの話では、田舎ですので、車なんてお医者さんか外国人宣教師か載っていなかったと言っていました。事実、この運転している女性の役柄はお医者さんです。
昭和5年、東京で約18000台。大阪ですら約5000台。他の県では2000台満たない保有数です。


[ 映画に見るシリーズ: - - - ]
[ 戻る - 他を見る - ページトップへ ]