コラム・時事和論

和楽生活は禁欲的?

(2005.11.1) no.088


「和楽の人も洋服着るんですね、安心しました。」うちに遊びに来たお客さんが言った言葉です。田舎の古民家で昔の道具に囲まれて自給自足の着物暮らしをしている人たち、というセンセーショナルなイメージが先行してか、完全な日本主義のように思われることが多いです。そういう場合はいつも「七和三洋(文化7割文明3割のバランス)」の話を説明するのですが、いまいち納得してもらってるのかな?という感じですぐには理解してもらえません。「3割はいいって、それって妥協じゃないの…?」

 和楽は文明を否定していません。意外に思われるかもしれませんが、むしろ積極的に賞賛しています。一見矛盾していることのようですが、そうではありません。ぼくらは車にも乗るし、電車やバスを利用する、時には新幹線だって飛行機だって乗ります。とても素晴らしいと思って感謝しています。ただ、「文明を当然」としてはいないのです。

「文明はもとからあったものじゃない」
 和楽の話をするといつも素晴らしい、とてもよいこと、と感心してもらえます。しかし完全に納得してもらうとなるとなかなかです。「実際にするとなると私には難しいかも…」という意見の方が多いようです。「むずかしくないんですよ、カンタンなことです」というのですが、どうもストイックだとか、時代に逆行しているとか、大変だという印象も持っておられるようです。「よっぽど好きなんですね」「こだわりですね」といわれることも多いです。そうではないんです。和楽は禁欲的でも排他的でも文明否定でも単なるこだわり派でもありません。僕らは長い日本の歴史から、これら文明を見ているに過ぎないのです。

「視点を変えてみよう」
 戦後生まれの僕らは、オギャーっと生まれた瞬間から便利な機械や設備が当然のようにありました。しかし、それらはもともとあったものでしょうか?今は当たり前に使えるサービスも誰かがそれらを作り、それらを動かすためのエネルギーを常に供給してくれているからこそ、僕らはその便利なサービスを利用できるわけです。そうなったのはほんのここ50年ほどのことです。長い歴史の中のほんの僅か、その間に急速に発展した出来事なのです。僕らはこの長い日本の歴史に立脚して物事を見ているだけ。歴史の時間を想像してみてください。これでもまだ今の生活は当たり前ですか?歴史を意識すれば、電車に乗るときも「当然」ではなく、「歩いたらこんなに時間がかかるのに電車って凄いなー」といって乗れるわけです。僕らはインターネットもコンピューターもフル活用しています。そして感謝しています。文明賞賛です。わかっていただけたでしょうか?これが和楽の「七和三洋」。否定ではなく、昔の日本人の暮らしを基本にした文明賞賛生活です。 (じゃん)

和の道具VS家電製品B 冷蔵庫

(2005.10.4) no.087


和の道具VS家電製品、その第3回目です。今回のテーマは冷蔵庫。昭和5年に国産第1号が発売、戦後、家電3種の神器のひとつに数えられ、いまや家庭生活になくてはならない存在になりました。現在では世帯普及率110%、一家に一台以上の普及率を誇っています。冷蔵庫の普及はそれまでの生活に何をもたらし、ぼくらは何を得、何を失ったのか考えてみたいと思います。

昭和35年以降爆発的に普及した冷蔵庫は、高度成長とともに豊かさの象徴でした。冷蔵庫の登場は戦後の暮らしぶりが回復していくさまを確認するのにちょうどいいものだったのだと思います。食べ物や飲み物の保存という本来の機能よりも、その目的はむしろ冷蔵庫を開ければいつでも冷たい飲み物や新鮮な食べ物で満たされている、といった充足感、満足感だったではないでしょうか。もののない時代からたくさんのものが買える時代へと日本は再生し、もっと大きくもっと豊かにと冷蔵庫も進化していったのです。それ自体はすばらしいことなのですが、その結果、家庭用冷蔵庫一台分の電力消費量はこの30年で2.2倍に増え、その普及率とあいまって今では350億キロワット時の電力(家庭用消費電力の17%)を占めるまでになっています。昼夜を問わず一年中不眠不休で動き続ける冷蔵庫にとって消費電力は大きな問題です。

また食品に対する考え方も変わりました。冷蔵庫の普及で長期保存可能になった食べ物の廃棄量が減ったか、というとそうではなく逆に増え続けているという不思議な現象も起こっています。賞味期限の規制化で添加物の使用は増え、同時に本来保存の利く醤油や味噌などに関してもその寿命は短いものとされています。冷凍の登場も食のスタイルを変えました。調理済みの冷凍食品を電子レンジで温めてすぐに食べることができる、という便利さは日本の主婦の家事能力を著しく低下させました。それまでの優れた日本の保存食、伝統食ももはやそれを伝える家庭での後継者を失ってしまったのです。輸送の発達、栽培需要の変化もありますが、一年中安定した生鮮食品の供給は家庭から旬の感覚を奪い、スーパーの野菜類も冷蔵庫によって鮮度を保たれたものを買うのが当たり前になっています。こういった現象も豊かさ、便利さがもたらす弊害といえるのではないでしょうか。こうして考えると、本当のゼイタクというのはもしかしたら冷蔵庫のなかった昭和5年以前の暮らしなのかもしれませんよ・・・。 (じゃん)

郵政民営化という踏み絵

(2005.8.14) no.086


8月8日、自民党内の反乱により郵政民営化法案が否決され、衆議院の解散選挙が決まりました。小泉首相が信念としている郵政民営化が今回の争点なだけに、かなり強引ともいえる解散に賛否両論、与党も野党も意見は分裂して大騒ぎの様相になっています。以前の道路公団改革のときは妥協し失速に終わったため、今度の改革は何が何でもやりとげる決意がみなぎっているように感じます。ここで解散するのがいい方法とは思いませんが、あらためて自民党内部に民営化という踏み絵を踏ませることによって党内をリストラし、以降の改革を効率的に行おうという意図がみられます。他を巻き込んだこの決断が自滅の道とならないことを祈るばかりですが、解散した以上この騒乱の責任は改革をやり遂げることでとってもらいたい。党内の問題を国民に問う、という発想は自分の調整力不足を責任転嫁した「国民頼み」というみかたもありますが、本来政治とは政治家の問題ではなく我々国民一人一人の問題であるはず。そう考えればこの「よけいな選挙」も意義があるのではないか。政治=票集めと考え悪戦苦闘している政治家達には、まことに迷惑な話ではありますが。(じゃん)

和の道具vs家電製品A 洗濯道具

(2005.10.4) no.087


ぼくらの愛用している和の道具と一般の家電製品についてのお話し、その第2回目です。今回のテーマは洗濯道具対決、洗濯板+たらいvs全自動洗濯機です。洗濯機は昭和5年に初めて国産第1号機が発売されて以来、爆発的に普及・進化を続けてきました。今では世帯普及率ほぼ100%、すすぎ・洗濯・脱水を自動で行う全自動洗濯機は全体の80%を超え、乾燥まで自動でしてくれるものもでています。洗濯機の登場は、日本の主婦達を苦しかった洗濯の重労働から解放しました。女性の社会進出もこれら白物家電といわれる電化製品の普及のおかげかもしれません。しかし便利さでは有利な洗濯機ですが、性能の面では手洗いによる洗濯にまだまだ遠く及ばないのが現状です。原理を検証していきましょう。

 衣服の汚れを落とす、つまり汚れを分解するのにもっともやっかいなものは、繊維の表面にできる表面張力です。これが原因で水による汚れの分解が容易に行われません。洗濯機の場合、この表面張力を破るのに界面活性剤(聞いたことありますね)入りの洗剤を大量に使うことになります。すると今度はその洗剤を落とすのに大量の水が必要になってくるのです。現に洗濯機での洗濯に必要とする水とエネルギーの内、実に3分の2がすすぎに使われています。(年間4800億?、30億キロワット時)それは洗濯機の‘洗う’構造にも原因があります。洗濯機は普通、水流を起こして衣類を洗浄しますが、慣性の法則にしたがって衣類は水といっしょの方向にまわってしまいます。そこでモーターを逆に回して水流を逆流させるわけですが、その一瞬にだけ洗浄が行われるわけです。何十リットルもの水流を逆流させ続けるわけですから恐ろしい労力と非効率性です。うそだと思う方は洗濯機の洗い方を人間で行ってみてください。ものの数分で疲れ果ててしまうことでしょう。和の道具である洗濯板を使った洗濯は、一見大変そうですが非常に優れた合理性があります。汚れの部分を持ってこすり合わせることで表面張力を破り、表面張力さえ破れば汚れは水の力で科学分解します。洗剤が汚れを落とすのではありません、これがいわゆる洗剤神話です。

 我が家では着物暮らしと連動していますので、衣服(着物)の洗濯は毎日行いません。洗うのは下着類だけなので、手洗いでも毎日少量で済むので苦にはなりません。外の作業などで汚れ物が溜まったときにだけ、洗濯機をありがたく使わせてもらっています。竹炭や酢を使った洗濯法もありますし、上手に活用してなるべく合理的に家事をしたいものですね。(じゃん)

和の道具vs家電製品@ 掃除道具

(2005.7.7) no.083


ぼくらの愛用している和の道具と一般の家電製品についてのお話しです。家庭から和の道具達が消えて久しいですが、家庭ではその代わりに様々な種類の家電製品がやってきました。高度成長期の三種の神器(白黒テレビ・冷蔵庫・掃除機)に始まり、昭和40年代には3C(カラーテレビ、カー(自動車)、クーラー)、今ではパソコンや全自動洗濯機に全自動食器洗い機まで登場しています。これらの製品を使うことで本当に僕らの暮らしは豊かになったのでしょうか?検証していきたいと思います。

今回は掃除道具対決。あこがれの三種の神器であった掃除機も今や普及率は98%を超え、「掃除は掃除機でするもの」という時代になりましたが、果たして掃除機とは一体どのくらい便利なものなのでしょうか。掃除機の原理を考えてみましょう。掃除機とは、ゴミをホースで吸って箱まで移動する機械ですが、空気を吸い込む力でゴミを運ぶ原理のため、空気を早く吸い込む必要があります。言い換えれば掃除機とは「大量の空気と少量のゴミを吸い、箱に入れる機械」ということができます。その仕事率を計算した人がいるのですが、その計算によれば掃除機の効率は2000万分の1、ゴミを吸うという目的のために2000万倍の力で空気を運んでいる機械ということです。なんと無駄な労力でしょうか。さらに掃除機を動かす人間の力は、ゴミを運ぶ力の4万倍(!)の労力を使っているといいます。それに比べて和の道具である「箒」なら、ゴミを掃くのに使う力は(箒の重さ+ゴミの重さ)ですから効率は断然良く、消費する電気エネルギーもゼロ。いくら最新の省エネ軽量製品でも、これほどうまくはいきません。ちなみに日本中の掃除機が箒に切り替わったとすると(和の道具に切り替えることを、ぼくらは三ガエル運動と呼んでいます)、およそ50億kW/時、実に原発一個分の電力が助かるといわれています。エネルギー消費がゼロで音も静か、操作もラクラクでお値段も掃除機の10分の1以下の「箒」。一度買えばそう壊れることも、型遅れになることもありません。箒を持って朝、玄関などを掃除している姿はさわやかで、見る人に朝のすがすがしさ感を与えたりもします。どうです?最新の掃除機の変わりに、ぜひあなたの家の賢い働き者「箒」をぞんぶんに活躍させてあげてはいかがでしょうか。(じゃん)

3月24日(木)〜展覧会やります。

(2005.10.4) no.087


和楽社提供の古着と帯留めと電笠の展覧会を開催します。会期は2005年3月24日(木)〜29日(火)の6日間、場所は「町家ギャラリー和座百衆」 京都市中京区蛸薬師烏丸西入ル橋弁慶町231 電話075(211)6710。アンティークの帯とコーディネートした陶器製の帯留めと、和柄の絵付けがされたレトロな電笠を展示しています。お近くにお越しの際はぜひのぞいてみてください。営業時間はAM10:00〜PM5:00まで、最終日はPM4:00までです。