21世紀の焼畑 |
(2004.11.26)no.082 |
焼畑農法とは、ご存知のとおり、木を切り山を焼いて切り開いた土地に耕作する、昔ながらの農法です。一通り収穫が終わると次々と場所を変え作付けを繰り返すため、元あった自然の形を壊し搾取する、破壊的農法とも言われ非難を集めています。現在では世界でもごく一部の地域でしか行われていない方法でう。しかし、この焼畑に似た行動をもっと別の形で復活させた例があります。
それは20世紀のはじめ、ある紛争を抱えた野心ある極東の島国に対して仕掛けられた、太平洋戦争と呼ばれる戦争です。この戦争の大儀は「民主化」、誤った政策を続ける独裁国家から民衆を解放するための戦い…。街を破壊し家々を焼き、たくさんの尊い命を奪った戦争は終わりを告げ、かくして民主化計画は成功しました。何百・何千年かけて築きあげた街や家並み、文化財その他諸々の財産をことごとく破壊し、そこに住む人々の暮らしや文化、自尊心や思想までも徹底的に破壊、改造しました。これらはすべて自由主義経済という収穫を得るために準備計画された国家外交政策であり、これが20世紀に発見され成功した、21世紀の焼畑です。「破壊+民主化は金になる」という理論を、身をもって証明したのは日本に責任があります。そしてまた同じことを他のアジアの国に対して行っています。
なぜ自分達の受けた屈辱を痛みを、一番わかるはずの人間が他の国々に対して行うのか? なぜ人間を搾取するモノのように考えられるのか? また木を焼くように人を、山を焼くように街を破壊できるのか? 日本の自衛隊は復興支援という名目で、この破壊・搾取計画を遂行するべく、今日も命賭けで一生懸命にがんばらされています…。(じゃん)
あと10年だと思います |
(2004.11.18)no.081 |
あと10年だと思います。あと10年で「もとから日本人」世代がいなくなります。
和楽では戦前の日本の暮らしを知っている人、実際そういう暮らしをしていた人を「もとから日本人」と名付けています。そして戦前を昭和15年まで、昭和15年から昭和20年までを戦時中として区別しています。さらに「もとから日本人」を昭和5年まで、つまり終戦時に15歳以上だった人としています。15歳といえば今でいう中学生にあたり物心も付いていて、戦前に暮らしたと言えると考えています。もとから日本人世代の年齢をあらためてみてみます。
・昭和初期(1927〜1930)の生まれの方は74歳から77歳。
・大正時代(1912〜1926)の生まれの方は78歳から92歳。
・明治時代生まれの方に至っては、すべて93歳以上。
つまり「もとから日本人」は平成16年(2004)現在、一番若い人でもすでに74歳です。もう70歳を超えているんです。今の10代の人のおじいちゃん、おばあちゃん世代はの多くは「もとから日本人」世代ではありません。
あと10年経つと84歳です。ぐっと減ります。戦時中の暮らしについてはまだ話のできる人はいるかもしれません。でも戦前の暮らしについて話のできる人はホントに少なくなっています。75歳以上の人を見つけたら、即座に日本人の暮らしを聞いて下さい。そして自分の七和三洋のバランスにあった和楽な暮らしの糧にして下さい。ちなみに昭和初期に20代としてモボモガと呼ばれた人は、今ではみなさん、もう90歳以上なんでです。
明治42年に生まれたおじいちゃんの戦前の暮らしをまとめたページ「僕のおじいちゃん」。もしよかったら呼んでみて下さい。(ゆう)
米国大統領選が終わって |
(2004.11.05no.080 |
今回の米国大統領選を通して、僕はここで2つのことを確認したいともいます。一つはようやく日本人にも本当の米国の姿を知ることができたのではないかということです。米国の本当の姿とは、開拓、挑戦、創造といった価値観を持つ人よりも、実は保守的価値観を持つ人の方が多いということです。つまり日本人の多くがイメージする米国はニューヨークやカリフォルニアで生まれる音楽、ファッション、映画などであり、それらの地域は極一部であり、むしろ少数であったことということです。
2つ目はその保守的価値観の中身が「井の中の蛙大海を知らず」ということです。保守とは「伝統的価値観の肯定とその価値観の現在への反映」を主張する考え方ですが、例えば銃規制でいえば、米国の保守(伝統的価値観の肯定)的な考え方からすれば、銃は持っていいということになります。これを日本にたとえれば、帯刀は許されるということになるでしょう。でも現在の日本の保守的価値観の人たちで帯刀を許せなんて主張する人は滅多にいません。
そんな米国に対して、僕は「七和三洋」を思うわけです。
功罪は別として、今の世の中は事実、国際的にいろいろな国、文化、環境が交じり合っています。その中でいかに、それぞれの国や地域の「伝統的価値観」と「国際的価値観」のバランスをとるのか、これがとっても重要で、それが新しい保守的価値観なんじゃないでしょうか。和楽社中は思想集団ではありませんが、和楽ではそのバランスが7割の「伝統的価値観」と3割の「国際的価値観」、つまり「七和三洋」という新しい保守的価値観なんだと思っているわけです。
米国には米国の「七米三洋」があり、英国には英国の「七英三洋」があり、イラクにはイラクの「七イ三洋」がある。
どうぞ、これを見ている米国の留学生や米国に行っている日本人の留学生の諸君。もう少し「国際的価値観」も加味するように、七和三洋の考え方を米国に伝えて下さい。(ゆう)
自分探しの旅とは2 |
(2004.11.03)no.079 |
この度のイラクでの事件で気づかされた「自分探しの旅」について。
自分とは何者なのか?自分の生きる意味、存在理由などを考え、懊悩とするのが人間であり、青春でもあるとは思います。私もかなりそういったことについては悩んだ時期があった気がしますし、今でも時折考えることもあります。ただ、今回の香田さんも含め、それを探しに旅に出るという行為が甚だ理解に苦しみます。私にとっては英語を身につけたいからといって学校ではろくに勉強もしないやつが海外へと出て行くのと似たようなものにしか思えないのです。
哲学とは自分の頭の中で行なわれる懊悩と葛藤だと私は思っています。アイデンティティの確立が哲学的な営みであるのならば、海外へ足を運ぶ必然性は無いわけです。当然未知の経験をすることによって気付かされることも多々あるでしょうが、哲学において書物と経験とは同じ外的要因である以上経験だけを重要視することはおかしいと思うのです。書物から何も学べないものが、未知なる世界を目の当たりにしたところで気付くことなんてたかが知れている気がします。なぜって今目の前にいくらでも転がっている知の糧に気付かないから現実逃避して外ばかり見ているわけですから。
私は高校生の時分に一月半ほどハワイの親戚の家に転がり込んでいたことがありました。それだけの期間英語圏で生活をしておきながら、会話をマスターすることはできませんでした。根本的に学ぶ姿勢ができていなかったからです。まさに上記の通りのことをやっていたわけです。とんでもない穀潰しでした。今はこういったことにも思いが至るようになれましたが、何もこれはハワイでの滞在によって気付かされたことでもなんでもなく、大学以降書物や先生たちから日本で学んだことでした。
近年金と交通網との恩恵によって多くの若者が「自分探しの旅」をしているようですが、多くの偉人たちは地理的に限られた中で「自分」を見出し、生を全うしてきました。昔は逃げ道などなかったからではないでしょうか。現代は情報の氾濫とともに多くの逃げ道が用意されすぎている気がします。何についてもいえることですが、まず自分の一番身近なところから、これができないものがいくら遠くを眺めて夢ばかり語っても何一つ実現できないのが落ちではないでしょうか。こんなところから一見理解に苦しむような行為の謎解きができはしないでしょうか。(ケンゾー)
自分探しの旅とは |
(2004.10.30)no.078 |
今回の事件は、正直向こう見ずな若者の身勝手な行動にあきれたと同時に、テロリストの残虐な許しがたい行為にゾッとしました。そしてなぜ若者はその有事の場所に行ったのかを考えさせられた。
「やはり戦争を体で感じないと平和は語れないですよね」。
イラク行きのバスに乗る前の香田青年の言葉だそうです。本当にそうでしょうか。確かに平和すぎるとそのありがたさや尊さを忘れてしまいがちです。しかし平和そのものが悪ではありません。むしろ戦争そのものが悪なのです。彼のこの言葉は、何か現代人が無意識に感じている「お前らは平和な甘ちゃんだ」という強迫観念のようなものに脅かされて、反発している言葉のように感じます。この無意識に感じているメッセージの正体は一体なんなんでしょうか?
自己責任論のときも、「お前らは責任感が欠如している」という無意識下のメッセージでした。若い頃の自分を思い返しても、「なんとなくこのままでは駄目になる」というような焦りがあったと思います。「何かしないと自分が腐ってしまう」という焦りや、「個性的な生き方を探さないと」という強迫観念が、若者を自分探しの旅に駆り立てるのだと思う。この無意識に感じているメッセージの正体は一体なんなんでしょうか?
自分は自分らしいか、という問いに対して若いときは答えを知りません。でも「知らないということが即自分の個性を否定してしまうものではない」ということ、知らないことを知らないといえる勇気が、なかなかもてないことだとも思います。「特別じゃなきゃいけない。」なんてことは誰が言うのか。戦後の平均的な教育を受けてきた人間に、何の特別を強制するのか。むちゃ言っちゃいけない。
この強迫観念の正体は一体なんなんでしょうか。(じゃん)
またも人質事件 |
(2004.10.27)no.077 |
また人質事件が起きました。どうやら今度のは旅行者のようです。どうしましょう。これは平和ボケといわれても仕方ないかもしれません。どうしてもこういうことをしてしまうのでしょうか。僕は不思議で仕方ありません。僕の少ない知識で考えるならば、やっぱり平和ボケとしか考えられません。大きいことでもしたいと思ったのでしょうか。
前回、自己責任論というのが日本中で問題になりました。僕個人としては自己責任を肯定します。単純からもしれませんが、雪山論に同感します。僕は自衛隊が海外へ出兵するのは絶対に反対ですが、自衛隊の撤兵問題は別もんだと思います。
自衛隊の海外出兵を止めるためにイラクへ入国し、撤退を求める目的で人質になったならいざ知らず、ボランティアだったり、ジャーナリズム、旅行を目的にした入国の場合、人質になったからといって自衛隊の撤退を求めるのは筋違いだと思います。
イラクは戦場なんです。政府が戦闘状態ではないとはいっても戦争状態なんだと思います。そういう政府の発表を揚げ足取って、非戦闘状態だから行った、政府の責任だというの理論を考えること自体がせこく、平和ボケなんじゃないでしょうか。政府が正しいとかそういう問題ではなく、その前に自分で守れることは自分で守ることは当然です。
今起きている中越地震は突然、雪山になったんです。彼は自分で雪山に入っていったんです。(ゆう)
外来語増殖中 |
(2004.10.08)no.076 |
国立国語研究所という国の外郭団体があります。公的な外郭団体というとろくなものがないとばかり思っていましたが、ここはなかなかの研究期間です。というのも数年前から『「外来語」言い換え提案』を行っているんです。例えば『モチベーション=動機付け』『フレックスタイム=自由勤務時間制』『ユニバーサルデザイン=万人向け設計』などといったように。
外来語をそのままカタカナ語にしてしまう現在の兆候に警笛を鳴らすと同時に、こうではどうかという提案も含まれていて、とてもよい動きだと思います。警笛は鳴らしても提案のない新聞やマスコミのよりもすばらしいですね。
考えてみれば、本当に多くの外来語が増殖しています。例えばバリヤフリーという言葉自体がバリアフリーでない。この傾向はとくに50代以下の世代で顕著です。以前、市民大学の講義を聴講していた時のことですが、50代以下の若い講師になればなるほど、例としてあげる事柄が「アメリカでは…」ばかり。アメリカしか知らないんですね、あの方たちは。出てくる言葉もカタカナばかり。僕はノートに「正」という印で数えていたのですが、数え着れませんでした。重要な語句になればなるほどカタカナでした。それ以上に恐ろしかったのが、そんな傾向に何ら不思議にならない、生徒さんたちでした。
言葉はその文化の象徴です。言葉が薄れていると言うことは、その文化が薄れているということでしょう。いみじくも外来語の増殖が、今の日本文化の状況を象徴しいると言わざるを得ません。
どうぞみなさんもこれを機に日本語を意識して使って見てください。残念なことですが、もう無意識では文化が守られる状況ではなくなってしまったのです。動物学でその種が数千匹になってしまうと、自然の力ではどうやっても回復できないそうです。今の日本がまさにその状況なんだと思います。(ゆう)
『「外来語」言い換え提案』ページ
http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian1/iikaegotou_dic.html
http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian2/iikaegotou_dic.html
http://www.kokken.go.jp/public/gairaigo/Teian3/iikaegotou_dic.html
余計にものはいらない |
(2004.09.27) no.075 |
いつもお世話になっております。そちらは未だ残暑が厳しいようですね。彼岸に入り、母の田舎を回ってきたのですが、山栗、小菊、萩、薄の穂が目立っていました。私達が住んでいる街ではまだ見られませんが、確実に季節は秋の盛りへと向かっているようです。
さて、“波平さん生活”を送り始めて約2ヶ月。きものにも慣れ始め、着ないとどうも落ち着かない気分になってきました(就寝時は寝巻きに変わりました)。実は母が美容師で(いわゆる“パーマやさん”です)、割と着付けの評判が良いので、ちょっとコツを教えてもらいました。
最初は「いきなり何を始めんの、あんたは?」と言っていましたが、きものを譲ってくれたり、帰ったとき(同じ市内に住んではいますが、独立しているので)着方を直してくれたりと、どうやら喜んでくれているようです。以前、友人のお母さん(元英語教師・現お茶、書道の先生)に「あなたのお母さんの技術を学んでおきなさい」と言われました。当時はピンと来なかったのですが、今はよく分かります。
「余計にものはいらない。技術が財産」これは生活を営む上で、非常に重要なキーワードのような気がします。食生活では“おふくろの味”、住生活では物の直し方、季節ごとの住まい方、衣生活では時と場合を考えた着こなし、そして人としての振る舞いを教える躾…。“伝える”ということが、何にも勝る宝なんですね。そんなことが、ほんの少しだけ分かってきたこの頃です。
(久恵)
時間はかかるけど |
(2004.08.28)no.074 |
今回は和楽の仲間として社中のページ投稿してもらった方の文章を載せたいと思います。
■ 以前、仕事の会議に着物で出席しました。私としては、発表をするにあたって、ある狙いをもってそのような姿で参加したのですが、そのことについて、大変尊敬している先輩から注意を頂戴しました。実は、表面上ではなかなか好評のようだったけれど、その裏で相当叩かれていたそうです。それでも当日、講師としての仕事を全うしたから誰も面と向かっては言えなかったとか。
私の身を案じてくださった先輩曰く、「他の方々は、何故着物を着てきたか?という理由は聞いてはくれない。それに、この地域は保守的だしね。」と。確かに「ちょっと悪目立ちしたかも」と思いつつ、常々、柔軟な考えと感性を持ってる人が多い業種だと考えていたので、大丈夫だろうと…。正直、かなり落ち込んでしまいました。
しかし、このことを他の地方の仕事仲間に話したら、「何で?!ちゃんと役目は果たした訳だし、学校の特性(私が勤めているのは、積極的に国際理解を図ることを前提としたところです)やあなたの活動について、形からでも示そうとしたものならば、作戦としては良かったんじゃないの?」と言ってくれ、そちらでは同意見の方も多かったと聞き、これでようやく救われたました。
これは、各自の考え方や年齢層、私との親密さが関係した話だとは思いますが、しかし、現在の社会で、着物を普段着として身に着けることが理解されるまでには、かなりの時間が必要なのだと考えさせられた一件でした。だからと言って、その場でそうのように批判をされた方々について、私は反論できません。
考えてみれば、着物が「当たり前」のように存在する生活を送っているのは、残念ですが少数派。現状は、明らか長い時に渡って着続けられてきた和装より、洋装の方が「あたりまえ」の格好です。実際、興味を持つまで私も「保守派」でしたし、イメージは「晴れ着」か「浴衣」、もしくは茶道や筝でもやっていなければ縁がないと思っていましたから。本来ならば、日本の衣の生活文化として受け継がれているものなのでしょうが…。着物のみならず、日本の風土に合わせた生活文化も、同じような状態・扱いであることは容易に想像できます。
ともあれ、やはり着物は良いです!職場には着て行けなくても、帰ってきたら着替えて寛ぐ。生活文化は習慣化してこそ根付くものなのですから。そういえば、先日、着物の素晴らしい効能が判明いたしました。お腹にある程度の締まりがあると、体が安定して原稿の進みが速いっ!気合を入れてお仕事をなさりたい方、実にお勧めです!!お試しくださいませ(笑)
今回は着物についてお話しましたが、まだまだ思うところがあるのです。以前から「いつからこんなに“ぎすぎす”した状況になったのだろう?」「何故、子どもたちのお行儀が悪くなったのだろう?(自分のことは棚においてるかも)」と疑問を持っていました。こちらのサイトに巡りあってから、各コラムを拝見し、まだ答えは見つかりませんが、ヒントは頂戴した気がします。そうは言えども、私自身、本当にまだまだ知らないことばかりです。ですが、今の日本の状況をただ嘆くばかりでなく、まず自分から学び、できることをして、そして、この土地に暮らす者=「日本人としての振る舞い方」を子どもたちにも伝えられるようになりたいと願っています。
(和楽の仲間)
柔道? JUDO? |
(2004.08.20)no.073 |
僕はサッカーファンです。スポーツじたいの魅力もさることながら、プロスポーツとしてJリーグとプロ野球を比べると、サッカーの方が格段の魅力と未来を感じます。
プロ野球は21世紀に入った今でもこてこての企業のチームを突き進んでいます。逆にサッカーは21世紀直前に日本にとっては新しいプロスポーツの潮流と理念を掲げてはじまりました。その理念とは地域のクチーム、企業の持ち物ではなく、地域の持ち物なんです。
僕の大嫌いな読売グループはそんな理念を持ったJリーグにも巨人をつくろうとしました。Jリーグ発足の初年、読売新聞、日本テレビ系列だけはその持ち物であるチーム名の表記を「読売ヴェルディ」としていました。他のマスコミなどは「ヴェルディ川崎」と表記していました。この違いがおわかりでしょうか。
Jリーグはに参加しているチームは地域のクラブチームです。プロ野球に参加しているチームは企業のチームです。読売グループはプロ野球の論理でチーム名を表記していたわけです。これに対しJリーグの川縁チェアマン(当時)はJリーグの理念を強く求め2年目以降、読売新聞も日本テレビ系列もその表記を「読売ヴェルディ」から「ヴェルディ川崎」へ変更しました。これにはとても未来を感じました。正しい理念であれば譲らない。正しい理念を譲ってしまったら何も残らないし、決して成功しない。
冒頭、サッカーファンであることを述べましたが、今回のプロ野球再編問題がちまたを騒がしています。1リーグでも、チーム合併でもそんなに重要ではないと思います。それよりもプロ野球の理念を、企業スポーツから地域スポーツにしなくてはならないと思います。そうすれば自ずと1リーグ制がいいのか、チームを合併すべきか見えてくるはず。変革期、もっとも大切なのは揺るがない理念だと思います。
(ゆう)
クーラーいらずの生活 |
(2004.07.21)no.071 |
私が和楽亭に移って2年目の夏です。去年は冷夏でさほど感じなかったのですが、今年は「猛暑」を通り越して「酷暑」です。
しかし、クーラーはありますが和楽亭では今だ使用はしておりません! これは今までの私の生活環境から比べたらとてもすごい事なのです。実際、実家ではがんがんクーラーを付けています。クーラーを設置したての幼い頃、昼間にクーラーを付けたら怒られたものですが、人間慣れとは恐ろしいですね。怒ってい昔の親の姿を今の親に見せてあげたい。
自分にも言える事で実際クーラーがなくても「なんだ意外とやっていけるな」とあらためて思ったものです。今は実家に帰ってもクーラーを付けず過ごせるようになりました。私の体験的暮らしの知恵をご紹介します。
1.水風呂に入り体を冷やし、湿気を取る…寝る前は必ず入ります。頭まで洗ってしまうと長時間冷えて、寝付きが楽です。
2.寝るときは部屋の風通しをよくして、蚊帳と浴衣で寝る… 寝るときの格好は上を向いて大の字で寝るのが良いでしょう。下を向いたり、横を向いたら自分の熱がこもって暑いです。暑さ加減で浴衣がはだけます。しかし大事なおなかは帯でしめているので、平気です。
3.昼間は外に出ずに、寝る…涼しくなった頃に動き出します。もちろんずっと浴衣です。
4.部屋には日本間らしくすっきりと余り物を置かない…今の暮らしのようにものをたくさん置くと風の通りも悪く、見た目も暑苦しいです。
4.少しの我慢…物質的解決方法だけでなく、精神的鍛錬も必要です。
たったこれだけの事で、温暖化の原因の一つ、クーラーとさよなら出来ます。私にも出来た。さあ、みなさん試してみよう。ちなみに社中では車でもクーラーを使っておりません。もっぱら窓を明けて我慢しています。(真理恵)
サイトの一新にあたり |
(2004.07.13)no.070 |
平成13年に社中を結成し、その年にホームページで思いを発信し続けて、今回で4回目の一新です。少しずつですが、和楽社中の色が出てきているように思います。今回は観点はできるだけシンプルに、そして日本を意識するということです。その一つとしてできる限りカタカナ用語を見直すようにしました。また縦書きの場所も少ないながらも採用しました。
この4年間いろいろなことをやってきました。何とか4年間を過ごしてきています。まだまだしたいことはたくさんあるのですが、人材と能力の関係からみても、まあまあのところじゃないかと思っています。今年も半年すぎましたが、着物塾(着付け教室)と建築修景事業を立ち上げようと思っています。こうご期待ください。(ゆう)
