コラム・時事和論

日常と非日常の文化

(2003.12.17)no.059

僕の実家で西洋人をホームステイとして受け入れました。実家では彼のために「お茶会」を開くことにしたそうです。茶道といえば日本文化の象徴的なものでしょう。彼も喜ぶことだと思います。
 彼は日本人の女の子とつきあっています。居間などで彼女と手を握ったり、膝枕をしたりします。二人だけならともかく、みんながいる前では、僕はあまり心地のよい光景ではありません。
 お茶会を開いて日本文化を感じてもらうことも大切ですが、同時に日本では友達や親の目の前で、男女の仲をそんなにあらわにしないという日常的な文化を知ってもらうことも、とっても大切なことだと思います。これは外国人が悪いというよりも、日本人の側にも問題があると思います。
 そういう日常的なこともちゃんと教える。少なくとも、日本にいる期間だけでもそうしてもらう。それは外国文化への敬愛だと思います。とくに西洋人はこれまでの歴史上、自分たちにとって都合の悪い外国の文化は否定し、文化性の高い文化に対しては、いかにも理解を示すようにリスペクトしてきました。
 日本人はそのやり方を自国の文化に対してもしているような気がします。外国から評価の高い非日常の文化は文化として受け入れたり、保護したり、胸をはって紹介する。でも着物暮らしや男女の仲などの都合の悪い文化に対しては、そんな古い風習はといって排除する。
 国際化の波は止めることはできないと思います。外国人、日本人という人種よりも、日本にいる人は日本の文化を、中国にいる人は中国の文化を、イラクにいる人はイラクの文化を受け入れる。そういった姿勢を大切にする国際化であればと思います。(ゆう)

平成幕末記

(2003.12.09)no.058


小泉首相、とうとう決めましてね。しかも太平洋戦争の開戦日に。現在はよく幕末にたとえられます。地方から日本を変えるなどと…。僕もとっても同感しております。本当にそっくりです。この平成幕末記はそんな平成の世の中を150年ほど前の幕末期になぞって考察してみようと思うんです。

1991年湾岸戦争(1840年アヘン戦争)…海外派兵大好き大国の亜米利加とイラクの戦争です。日本は海外派兵鎖国(以後鎖国)を国是としているため、海外派兵開国(以後開国)は時期尚早とし、開国を見送ります。
※アヘン戦争の情報はオランダから知らされ一部の、開明派の間では議論されますが、まだまだ泰平の世に眠っていました。

2001年同時多発発テロ(1850年大平天国の乱)…海外派兵大好き大国の亜米利加に怒ったイスラムの一部は亜米利加で同時多発テロを起こします。
※幕府の一部、開明派の人間たちの間ではいよいよ開国せんといかんかなって議論されていました。

2001年アフガン戦争(1853年黒船来襲)…亜米利加のブッシュ大統領はアフガニスタンに対し、戦争を仕掛けます。イラクに対し亜米利加のブッシュ大統領が自民政府の権力者、首相小泉純一郎と会談。今度は絶対開国しろよと迫ります。
※亜米利加はペリー提督、日本は江戸幕府の阿部老中ですね。

2003年イラク戦争(1854年黒船再来襲)…イラク戦争をきっかけに再び海外派兵大国の亜米利加が小泉老中と会談。日本の開国を迫り、小泉老中は世論の反対を押し切って日本の開国を約束します。
  いよいよ世論はわき返ります。開国をすると日本にもテロが起きるんじゃないか。、いやー今こそ海外派兵開国して、日本の存在を世界に知らしめなくては…。
※亜米利加はペリー提督、日本は井伊直弼大老ですね。幕末は開国の結果、物価は上昇、コレラなどの病気も流行…。

2003年日本海外派兵開国を決定(1854年日米和親条約締結)…世論の反対を押し切って、小泉首相は自衛隊の海外派兵開国を決断しまします。奇しくも(亜米利加から見ると)太平洋戦争開戦の日に決断します。「日本は海外派兵開国します」ここに自民党、約60年間の泰平の世は崩れ、日本は「海外派兵開国」の道に歩んでしまいます。
※江戸幕府、約260年の大平の世は崩れ、日本は開国しました。

一方、日本の改革、海外派兵鎖国を主張する民主党。民主党は自民党を敵視する立場上、鎖国を叫びますが、うちでは開国やむなしという風潮です。しかし自民党の亜米利加中心の開国とは一線をかくし、民主党は国連中心の開国の立場をとります。
※幕末、江戸幕府がフランスと組み、薩長がイギリスと組んだように…。

日本の改革を叫ぶのは民主党だけではありません。地方でも開明的な知事をいただく県がありました。岩手県、長野県、鳥取県、高知県…。県政改革を成し遂げつつある知事たちは、地方から日本を変えようと動きを活発化します。
※幕末、薩長はもちろん、福井藩、土佐藩、宇和島藩、佐賀藩など。

さて、幕末、幕府は開国の年、幕府は安政の大獄をします。自民党は来年の参議院選が自民がボロ勝ちできるようにするんでしょうか。
2年後、桜田門外の変がおき、承知の通り井伊大老は暗殺されます。2年後と言ったら小泉さんの任期の切れる年です。
10年後、8・18の政変で薩摩藩が幕府と組むんで長州藩が京都を追われます。10年前後、旧自由党のグループが裏切って、民主党は選挙で大敗するのでしょうか。
13年後、坂本龍馬と中岡慎太郎の手によって、薩摩藩と長州藩は同盟を組みます。旧自由党と民主党は再び手を組むのか。自民党の一部もいっしょになるのか。それを握らせる人物は誰なのか。
14年後、大政奉還。江戸幕府は消滅します。自民党は下野するのでしょうか。とっても楽しみになってきました。14年後のあなたは一体どうなっているのでしょう。おいらは45歳か…。45歳って言うと勝海舟が大政奉還の年に45歳だったなぁー。よーっし、勝海舟目指してがんばるか。坂本龍馬が33歳だから、今年19歳のあなた。14年後の坂本龍馬を目指してがんばれー!!(ゆう)

違う見方

(2003.11.28)no.057


最近、暇な時間によく見ているホームページで、「田中宇の国際ニュース解説」があります。世界の情勢について解説したものですが、これを見てると、ニュースに出てくるできごとの情勢、人物、背景、理念などがリンクしてきて「ああ、なるほどなー」と理解できます。今ちょっとずつ読んでるんですが、世間が世界、世界と言っているものが何であるか、その実態がわかってきました。
 結局世界は僕らが考えていたような「平和」、(主体的な)「民主主義」の方向ではなく、「武力を下敷きとした経済覇権」のみ原動力にしているのだということですね。それがみんなが注視している「世界」なんだと。この情報を、ぜひ和楽で共有したいので、みんなも暇があったら覗いてみてください。テレビやニュースがおもしろくなりますよ。政治家ってやっぱり巧妙だね。(じゃん)
「田中宇の国際ニュース解説」http://tanakanews.com/index.html

今時の米作りについて2

(2003.11.28)no.056


その一方、現代は量より質の時代でお米の美味しさを追求する動きもあり、いわゆるブランド米などと呼ばれるお米がそうである。お米はたんぱく質が少なくデンプンが多く粘りのあるお米が美味しいとされており、そのようなお米を「極低たんぱく質米」(ごくていたんぱくしつまい)言う。よく聞く新潟の魚沼産コシヒカリなどはたんぱく質が5.5%位だそうだ。いかにそれに近づけるか。収穫されたお米のたんぱく質が5.5%に達しないものはお米の等級が下がり値段がまったく違ってくるという。美味しいお米を作るのに努力するのは良いと思うが、なぜそんな数値に振り回され苦労して作った米を評価しなければいけないのか?美味しさを追求しすぎる傾向があり、いったい米作りの本質はどこにあるのか?
 確かに現代は、生産管理や設備などは昔に比べればかなり人間の手で生産調整を行えるようになっている。美味しさだけを追求することが果たして米づくりの本質であろうか?美味しい米だけを消費することが生活者の本当の願いだろうか?人口は増えているのに米の消費量がかなり減ってきてるのはなぜか?現代人はいったいどんな食生活をしているのか?非常に多くの疑問を感じた番組であった。
 日本人にとってお米は、食生活はもちろん日本人の暮らしに深く根付き日本の文化の根底を支えるものの一つと言っても言い過ぎではないと思う。和楽な暮らしをするために、どんなお米を選択し消費していくのかをしっかりと考える必要があると強く感じました。そして、けんぞーのような生産者にはぜひともがんばって頂き、米作りの本質を私達に伝えてほしいし、けんぞーの今後の米作りに大いに期待したいと思います。皆は和楽的な米との関り方はどうあったら良いと思いますか?(純)

今時の米作りについて1

(2003.11.19) no.055


現在、農家は兼業農家が非常に多い。なぜならお米の価格が非常に安くそれだけの収入では食べていけないからだ。実際40年前に比べ一人あたりの米の消費も半分以下、年間65kgしか消費していないという実態も影響している。このような現状に追い討ちを掛けるかのように、減反政策や今年の冷夏によって不作など、さらに稲作農家への打撃は大きい。
 しかし、今年の冷夏による米の不作は人災とも言えるらしい。ある同じ地域の田んぼで、片方の田んぼは冷夏の影響を受け稲の状態も非常に悪い。しかしそのすぐ隣の田んぼは稲穂がしかっりと膨らみたわわに実っている。この違いは何か。それは兼業農家の現状が大きく影響していた。不作のものは5月上旬に田植えを行い、たわわに実った方の稲は5月下旬に田植えを行った違いが収穫に影響していた。なぜかというと5月上旬に田植えをする家はほとんどが兼業農家で、ゴールデンウィークの休みに合わせ田植えをしなければいけない、するとちょうど入梅の時期に出穂(稲の花がつく)があたり、上手く受粉しないのだそうだ。つまり、稲の都合ではなく人間の都合で稲作をしようとするから弱い稲ができてしまい冷夏の影響も直撃してしまうのだ。次回へ続く(純)

残念な結果に終わりました

(2003.11.10)no.054


衆議院せっきょが終わりました。とても残念な結果に終わりました。それは投票結果ではなく、投票率のことです。59.86%だそうです。約4000万人の人が選挙にいっていないそうです。10人に4人いっていない。なんとも平和なのか、豊かなのか、不満がないのか…。
 選挙も考えものですね。4000万人の人が行かない。投票される側の選挙制度もさることながら、投票する側の選挙制度も考えた方がいいですね。例えば、駅や公共施設などでも投票できるとか、投票に行かなかった人は増税されるとか、3回行かなかったら、選挙権を剥奪するとか。
 確かに投票される側の選挙制度を変えていき、魅力ある選挙戦を展開するのも大切なことですが、ちょっと僕ら投票する側の選挙制度も変えていかないと、投票率は上がらないような気がします。
 投票率が低いことは、結局、今の体制を容認しているともいえます。選挙は義務ではなく、権利ですよね。日頃、個人的に権利に対して、あーだ、こーだいうのに、選挙権だけはあんまり主張しませんね。(ケンゾー)

新米ができました

(2003.11.09)no.053


さあやりました。本日ついに今年の新米を食しました。
 米に限ったことではなく野菜でもそうなのですが、売りに出る前にまずは味見をしてみて、ということで夕食に友達夫婦を呼んで食べました。美味かったです。
 こう言うと、自分で作ったものだと嬉しさもあいまって、と思われがちなのですが、実は逆で、理想を追い求めるとどうしても辛口の評価になりがちなのです。米に関しては去年がまずすぎたこともあり、初めてのようなものなので比較対照が今まで食べていた去年の米ということになるので相対的にどうなのかということまでは申せませんが、今日一緒に食べてくれた友達の評価も含めて「上出来」といってもいいと思っています。
 ただ、悲しいことが一点。本来作っていた田んぼごとに分けて袋詰する予定だったのですが、籾摺りの段階で全てが混ざってしまいました。何故分けようとしたかというと、田んぼの一枚は7月に一度だけ消毒をしてしまったこと、そしてもう一枚は品種が違っていたことからでした。
 品種の違いといっても同じコシヒカリで少しだけ改良種になっているものなので味などの点ではほとんど変わりがないためこれは私が食べ比べることを諦めれば済むこと。ただもう一つの消毒に関しては量が通常の1/10程度とはいえ完全無農薬ではないのでその点は買ってもらう人に許しを請うしかないわけです…。
 最後の最後でとんでもない失敗をしてしまったのですが、何はともあれ今年の米仕事が一通り終わり、美味しい米を口にできるというのは何とも嬉しいものです。
 収量自体は思っていたよりも少なかったのですが、何とか今約束している人のところにはお届けできるだけは取れたのでとりあえずは一安心。収入のことをいうと少々厳しいのですが、これは冬のスキー場バイトで何とか補いましょう。って、雪頼みなのですが…
 来週はいよいよ米の初出荷です。楽しみ。(ケンゾー)

2003衆議院選挙特集

(2003.11.03)no.052


さあ、次の週末11月9日(日)は、いよいよ衆議院選挙です。これからの日本の未来を決める大事な選挙です。必ず、投票に行きましょう。
 今回は選挙や党首討論などのホームページを特集です。(ゆう)
■動画
・ニュースステーション:「衆議院選挙目前 激突!6党首」
  10月30日に放送された番組をインターネットで放送しています。内容は3部構成で時間も15分、11分、8分とじっくり見られます。
http://www.tv-asahi.co.jp/n-station/li/2003/1030toshu.html
・選挙ステーション:マニフェスト選挙の解説  ニュースステーションの選挙特集のページです。マニフェストの提唱者の一人、元三重県知事の北川さんなどによるマニフェストについての意見がまとまっています。動画です。
http://www.tv-asahi.co.jp/senkyo/movie/index.html

■ホームページ
・ Seiron(政論)  政治・政策をわかりやすく!!」というコンセプトに関東、関西の学生が立ち上げたプロジェクト。一般の視点に立った切り口で、6党のマニフェストが、同じカテゴリーでまとめられているので、比較しやすいです。
http://seiron.org/
・毎日新聞: 自民・民主マニフェスト共同評価  毎日新聞と言論NPOによる自民党と民主党の公約を比較評価がまとめてあります。最後に★印による採点もなされています。
http://www.mainichi.co.jp/news/article/200310/30m/030.html
・言論NPO  知識人によるサイトです。ちょっと難しそうなので、インテリの方はオススメです。
http://www.genron-npo.net/index_jp.html
・選ぶ楽しみ落とす楽しみ  Eデモクラシーのサイトです。いろいろなデータや解説が載っています。一般の視点に立ったないようだと思います。一度のぞいてみて下さい。
http://give-peace-a-chance.jp/go2senkyo/

■新聞各紙の選挙特集ページ
・毎日新聞: 選挙特集・・・全国版各紙の中で一番、ボリュームがあり、まとまっていて、力が入っていると思います。
http://www.mainichi.co.jp/eye/2003senkyo/shugiin/index.html
・朝日新聞: 選挙特集…記事や特集がちゃんと分けられており、見やすいですよ。また全ての選挙区の比例区で立候補している人のプロフィール等も載っています。
http://www2.asahi.com/senkyo2003/index.html
・読売新聞: 選挙特集…本文までに2、3回クリックが必要なので、ちょっと見づらいといえますね。
http://www.yomiuri.co.jp/election/
・産経新聞: 選挙特集…こちらも特集と記事がわけられています。個人的には毎日の次に読みやすいと思います。
http://www.sankei.co.jp/databox/election/2003/

憲法も読んでみよう

(2003.11.01)no.051

いいよいよ衆議院選挙が公示され、世間はいつもの選挙モードに入りましたね。毎回思うが、このやり方は変わらんのかね。
 イラク派兵の問題で、憲法9条を改正しようという動きがあるが、改憲か、護憲かの議論の前に、憲法って何?ってことをいっしょに考えてみたいのです。あんまりちゃんと見たことない日本の憲法。さらに憲法そのもの自体何なの?っていうことを。日本国憲法を改めてホームページで見てみると・・・できる。・・・を保障する。国家は・・・侵してはならない。というような、やっていいですよ調の文言なのである。
 よーするに憲法とは、国家から国民の自由を保障してくれる文句なわけで、そんで法律が、・・・しちゃだめとか、・・・を制限するとか国民を規制するものなのだ。つまり、国家が強制できるのは法の範囲内で、その法に対抗する手段が憲法ってこと。
 これを国家が都合のいいように改定するのは、やっぱりどう考えてもおかしいですよ。俺は理想主義的過ぎるこの憲法(しかもGHQの草案)が、現実的かどうか、日本人にあっているかは別問題として「とてもいい奴」に感じる。
 現在のところ、マニュフェストに謳っている護憲派は社民党と共産党だけ。民主もベターかもしれないけど、僕の場合、ここが引っ掛かる。マニュフェストも、色々書きすぎて何が本質が掴みづらいし、政権交代は目下の目標だとしても、やっぱり二大政党だけでも不安要素はある。
 下に記した日本国憲法の誕生ってページに、民間草案の記事が載っています。採用はされていませんが、GHQに影響を与えたとあります。法律は国家が作ったとしても、憲法は国民が作るべきじゃないでしょか。
憲法。もっかい読んでみてください。とてもいいやつだと思いますよ。(じゃん)

そうだ、選挙に行こう

(2003.10.28)no.050


いよいよ衆議院選挙ですね。今回はとても興味深い選挙になりそうです。「興味ない」「選挙にはいかない」なんて言わずに、是非いきましょう。いって政治家たちをぎゃふんといわせてやりましょう。
 幕末、僕の大好きな坂本龍馬たちは「欧米では入れ札で将軍を決めるそうな」と、入れ札、つまり選挙なんて夢みたいな制度があるんかって心を弾ませていたことでしょう。竜馬たちの来るべきこの国の形をまとめた[船中八策]の第二項に「上下議政局を設け、議員を置きて、万機を参賛せしめ、万機よろしく公議に決すべき事」と書いています。これが1867年です。『竜馬がゆく』の作者司馬遼太郎さんはこの1項を「この1項は、新日本を民主政体(デモクラシー)にすることを断固として規定したものといっていい。余談ながら維新政府はなお革命直後の独裁体制のままつづき、明治23年になってようやく貴族院、衆議院よりなる帝国議会が開員されている」とその著書の中で言っています。
 僕のおじいちゃんは95歳です。おじいちゃんが15歳の時、竜馬の[船中八策]から58年かかった1924年に、初めて男子による普通選挙が行われました。つまり僕の曾おじいちゃんはそのとき、ようやく僕たちみたいな普通の日本人の男子に選挙権が得られたんです。そして終戦後、竜馬の[船中八策]から78年かかった1945年に、女性を含む僕たちのような普通の日本人すべてにに選挙権が得られたんです。ちなみに僕のおばあちゃんは88歳なので、31歳にして初めて選挙権を得て、政治に参加する権利を得たんですね。
 今では選挙をする(に行く?)権利は当たり前すぎて、権利と言うよりは一種の行為のようになっています。ありがたみもなければ、義務感もない。行きたい人が行く…。でも普通の人が選挙をする権利を得るまで、80年近くかかった、とっても長い道のりがあったことを、今、振り返ってもいいんじゃないでしょうか。(ゆう)

平和について2

(2003.10.26)no.049


昨今、今回の原爆ドームの事件のように半ば狂乱者的な事件が増えすぎている気がします。原因はいろいろとあるのでしょうが、その一つ「愛国心」ってのが台頭しているのでは思います。
私は国を愛する気持ちって、結局は家族からだと思ってます。身近な人間を愛することの出来ないものが、いきなり「国」という大局を考えられるというのは理解できない。そういう人もいるのかもしれないけど、大衆には難しい。
 昔見た舞台演劇でこういうのがありました。宮沢賢治が「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と言うのに対し、青年が問い返します。「僕には世界全体を考えることは出来ません。でもそばにいる一人のことを幸せにすることは出来るかもしれない。それじゃあだめですか。全ての人が誰か一人だけでも幸福にすることが出来れば、結局は世界全体が幸福にはならないでしょうか」と。
 愛国心の問題も根っこはここにある気がします。夫婦、家族、隣近所、集落、村、町、区、市、県、といったように範囲は徐々に大きくなりますが、まず一番身近な最小単位の中で愛する心があり、教育が成立し、文化が守られていなくて、社会全体に波及できるわけが無いと思うのです。
 半狂乱的な人間が増えているというのもとどのつまりは半狂乱的な社会とそれを形成する最小単位「家庭」が増えているということではないでしょうか。悪いことをしたときに叱ってくれる「おやじ」がいなくなっていると思います。ということは家の中でも叱っていないということではないでしょうか。自分の子を叱れないものが他人の子を叱れるはずも無く、そんな集落が増えているんでしょうか。
 私の住んでいる村の子供たちはみんなあいさつをします。私のような馴染みの薄いおっさんに対しても。でも他人の子をきつく叱るおっさんは少ないような気がします。こんな地域べったりの田舎町でさえこの程度。隣人の顔も分からない都会であれば押して量るべしってところでしょうか。少なくとも我々のつくる家庭から、そして住む地域から変えていかないと。そのためにはまず自分が変わるところからかな。(純)

平和について1

(2003.10.21)no.048


先日悲しい出来事がありました。みなさんも知っているかもしれませんが、原爆ドームの前にあるドームの説明文の書いてある石碑が心無い人に落書きをされました。詳しく言うと黒い油のような液体で手の平の跡がつけてあったそうです。犯人は捕まっていません。
 広島では大々的にニュースになり、みんな残念な気持ちを通りこして怒りを感じています。前回の犯人もまだ捕まっていないようですが、いったい何のためにこんな事をするのでしょうか。私には全く理解できません。最近、こんな事件が続発しています。いったいどれだけの監視カメラが平和公園に必要になるのでしょうか?今日のニュースでは、専門の業者が除去作業をしたそうです。5種類くらいの薬品で取ったそうです。
 みなさんは平和記念資料館に行ったことはわります? そこで何を感じましたか? 実際私の親戚は被爆し、よく、おばあちゃんからいろんな当時の話を聞きますが、正直、全く想像の出来ない時代と言うか状況です。今の私たちには、平和を祈り、二度とこんな悲劇が起きないようにすることしか出来ないのに、いったいどんな人がこんな心無い行動をとっているのでしょうか? 全く分かっていないというか、あまりにも何も考えて生きていないのでしょうね。なぜ、こんな事が平気で起きる時代になってしまったのでしょか?
 和楽には何が出来るでしょうか? 今、私には何が出来るでしょうか? 世界中が平和で、全ての人が幸せになれる時代は来るのでしょうか? 私の次の時代はもっとよくなるのでしょうか? いったい今何をすればいいのでしょう? 今すぐは全然、答えは出ていませんが、じっくり考えて生きたいと思います。(純)

起きて半畳、寝て一畳

(2003.10.14)no.047


本を読んでいておもしろい話を見つけました。こんなお話です。
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 ロシアの田舎の貧乏な小作人が苦労して少しばかりの土地を手にし、暮らし向きが良くなった。彼はもっと土地がほしくなり、だんだんと自分の土地を広げていく。
 ある地で広大な土地が安く手に入ることを知り、そこへ使用人を連れて七昼夜かけて土地を買い求めに行った。
そこの村長に「明日の日の出から日没まで間に、あなたが歩き回ったところを全部手に入れることができる」と言われた。ただし日没までに戻らないと、土地は譲れないという条件が付いた。彼はその晩、大もうけができると考えると一睡もできなかった。夜が明けると同時に彼は出発した。
 行くところ、見るもの全部がほしくなった。気が付くと、とんでもなく遠いところまで着ていた。日がだいぶ西に傾いていた。彼はあわてて出発点を目指した。息も絶え絶えにやっとのことで村民が待つところへ倒れこんだ。
村長が賞賛の声をかけたとき、彼は口から血を吐き出して死んでしまった。ちょうど太陽が沈んだころだった。使用人が穴を掘って彼を埋めたが、その穴の大きさだけの土地が、彼に必要な土地のすべてだった。
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 日本には「起きて半畳、寝て一畳」という言葉がありますね。こんな話をしても現代人からは、「彼は歩いたから死んだのであって、車や飛行機を使えば死なずにすんだ」なんて言われそうですね。文明とはおそろしいものです。(じゃん)

私のまちの秋祭りが

(2003.10.09)no.046


私の実家は京都の太秦にあります。映画村があり、弥勒菩薩の広隆寺もありと観光客が来るところでもあります。以前は10月10日の体育の日に牛祭りがありました。でも今は祭日が変わり日曜らしい。祭日はやはり日付どうりのほうがいいと思います。「月曜が連休だ」と喜ぶのはサラリ ーマンだけ。農家には関係ないだろう。つくづく今のこの国はサラリーマンのための国にシステムがなっている。
 子供の頃は今時分になると夜は広隆寺から太鼓の音が聞こえてきました。否が応でも祭の気分を盛り上がります。祭といっても華やかなものではありません。でも広隆寺の牛祭りは京都の奇祭の一つにあげられます。古くは中国の秦から伝わった祭らしいです。太秦という地名にその名残が読みとられます。
 秋の涼しい夜を、松明を持った山伏や仮面の男が練り歩くんです。そのうちメインの黒牛が登場する。太鼓の音、松明の明かりのゆれる様、牛、仮面、なんとも異様だけど美しい。それらがおよそ1時間半ほどまちをねり歩き、また寺に帰る。私はそこまでしか見たことけど、まだまだあったようです。
 でもそれが今年はない。寺の主が亡くなり、娘さんがあとを次いだが開催してくれないようです。祭りはなかなか大変らしいけど、ぜひ太秦の地自会の人たちや政治家さんたちにもがんばってしてほしいと思います。ここまで続いた伝統の祭をなくさずがんばってほしいものです。もちろん私も地域の一員として役立ちたいと思っています。(真理恵)

各論としての叫び3

(2003.10.07)no.045


労働者と消費者としての立場と、物欲から自分を解放して、どんな暮らしをすればいいのでしょうか。僕の「自分の暮らしを変えていく」解決方法は至って簡単でした。ちょっと昔の日本人の暮らしに変えていくことでした。
もともとちょっと昔の日本の暮らしは「ものが少ない」、というよりはむしろ「ものが少なくて済む」暮らしです。
 たとえば火鉢。これさえあれば、暖房にも、ポットにも、トースターにもなる。着物なら毎日洗う必要がないから洗濯代も浮く。日本の道具には「ものが少なくて済む」暮らしを具現化した機能が詰まっています(日本の道具の話をすると長くなりすぎてしまうのでこのあたりで)。実際、僕はそんな日本の道具を生活道具にしていってから、ものが少なくて済み、またスローにもなりました。そんなライススタイルにとっておじいちゃんたち高齢者は(僕たちは高齢者を「もとから日本人」と呼んでいます)先生です。日本の道具が暮らしの中に存在すると言うことは、世代を越えた共有できるものが暮らしの中に存在すると言うことです。
 そして何よりもそれらを使って暮らしてきた歴史という実績は、西洋から輸入した新しい家具や家電を必要とする暮らしとは説得力が違います。(ゆう)

各論としての叫び2

(2003.09.28)no.044


大きな総論的課題は個人ではどうしようもできない。 個人では具体的にどういう行動をとっていったいいのか。
物欲から自分を解放しないといけないと思います。過剰な消費をしないから、過剰なお金がいらない。だから過剰な賃金労働から解放され、過剰な税金も納めずに済み、過剰な公共事業も行われずに済む。
 過剰な賃金労働から解放されると言うことは、それだけ労働時間から解放されると言うことです。労働時間から解放されれば、四季を感じられる暮らしをしたり、家族も問題をじっくり考えたり、政治のことだって親子で話すこともできるでしょう。また日中の時間帯を大人に解放されることで、地域の治安や奉仕活動、子供や高齢者の面倒も見ることができます。
 その反面、これまでのように労働時間を犠牲になりたっていた人生の面倒を、会社や企業が見てはくれません。自分で見るしかないということです。そのため暮らしがつらかったり、うれしかったり、そういう生きると言うことが生々しいものになるんじゃないでしょうか。それは生かされる人生から生き抜く人生になるからです。それは今問題になっている責任をもつ人格を育てることになるでしょう。(ゆう)

各論としての叫び1

(2003.09.16)no.043


僕が総理大臣だったら「会社や企業は一刻も早く、労働時間を現状の2/3に減らせ!」と叫びたいです。ニュースのキャスターをはじめ、いろいろ今の日本について言われますが、僕はその解決方法はこの叫びしかないと思っています。つまり会社や企業の経営者が変わってくれないと変わらないと思います。政治じゃないと思います。
 会社や企業は一刻も早く日本人を労働者と消費者として立場から解放してもらいたい。
 今の日本人の多くが労働者と消費者の立場しかもっていないから、政治を始め、いろいろな社会の問題、家族の問題、個人の問題を解決したり、考えたりする時間がない。
 過剰に働き、過剰に賃金を得て、過剰にものを買い、過剰に税金を納め、過剰な公共事業を行う。すべて一連の流れだと思います。
 会社や企業が今の日本人を労働者と消費者としてのみ育てるから、「暮らし」を生きるテーマにした人間がいない。学習塾、大学、新車、新築の住宅。こういった会社や企業が作り上げた「暮らし」のイメージに乗っかっている。(ゆう)

戦前、戦時、戦後

(2003.08.22)no.042


僕のおじいちゃんは明治42年生まれで、現在95歳。よく戦前と戦後という切り口で時代が語られる。僕はおじいちゃんの歴史をまとめていくうちに、この捉え方は必ずしも正しくないという思いがしてきました。明治、大正、昭和初期はいわゆる戦前です。でも大正時代はもちろんのこと、太平洋戦争が始まった昭和16年までは、中国で戦争が始まったな、早く終わらんかなーっと思っていたそうです。まさか、あんな大戦争になるとは思ってもいなかったそうです。
 暮らしという切り口で言えば、昭和16年から終戦の昭和20年。この期間は戦前ではなく、戦時中の暮らしといえます。つまり戦前の暮らしではありませんね。戦前、空前のヒットとなった映画『愛染かつら』は昭和13年。こてこての恋愛映画に当時の人は釘付けになっています。僕のおばあちゃんも見たと言います。国家をあげた輪生体制ということにはなっていません。
 戦前の暮らしや思想はとてつもなく保守的で、不便で、不自由という思いが、「戦後」教育を受けてきた僕たちはもっていると思います。これは「戦時中」の印象があまりにも強すぎて、それを誇張して話題にされているからじゃないでしょうか。みんながみんな軍人になりたいと思っている。全くそんなことはありませんね。それは「戦時中」の教育(昭和初期)を受けた人ではないでしょうか。
 現に明治末期の生まれの僕のおじいちゃんは昭和16年時点で30歳を回っていて、冷静に社会を、戦争を見ています。戦時体制に入って仕方なくそうしていたことを話してくれました。ただし、おじいちゃんの名誉のために付け加えますが、死ぬ覚悟はあったそうです。それとこれとは別という意味で。
 僕は戦前、戦時中、戦後という切り口の方が正しいと思います。もっというと、高度経済成長前と高度経済成長後という切り口の方がいいとも思っています。僕の両親は戦時中、つまり昭和15年から20年の間に生まれています。現在60歳前後です。もちろん「戦後」世代として育っていますが、生まれたときは産婆さんだし、うちは木造で台所は土間です。家電製品といえば電気とラジオ。車だって少ないし、道はコンクリートとアスファルトで埋め尽くされてはいません。そんな少年時代です。それが昭和30年代前半の暮らし。つまり明治、大正、昭和初期、昭和30年代前半は同じ様な暮らしわけです。
 高度経済成長前(昭和30年代前半)と高度経済成長後(昭和30年代より今日)こんな切り口が本当ではないでしょうか。(ゆう)

世代を超える話題

(2003.07.28)no.039


ところで今日も暑かったですねぇ。今日は奈良へ行って来ました。自転車で(5時間以上)。しかも下駄履いて。祖母の法事でしたが、迷わず着物で出ました(大学にも着ていってます。親せきはみんな洋物の喪服だったので、どうみても、袈裟を着てるお坊さんの次に目立ってました。
 親の世代(50代)は「個性的ね」って感じで、ありがちな対応でした。しかし、他界した祖母の兄弟など『もとから日本人』のお年寄りたちはめちゃくちゃにこにこしながら僕に興味を示し、話しかけてくれました、過去を投影するかのように。もの思いに耽っていた様子が印象的でした(あまりゆっくり話す余裕がなかったのが残念)。
 結局、僕が着物を着ていたことが原因で、法事の間中、着物とか日本文化についての話題が、世代を越えて、みんなやたらと会話多かったです。「おばあちゃん、よくあの着物着てたなあ」とか。着物を通してそういうきっかけになれたのはとてもいいことですよね。
 まあ、世代関係なしに、トータル的にはみんな「これからは、もっと日本の文化が見直される」みたいなこと言ってました。そして僕に「そこの若者!がんばれ!」と。
 生き返りは自転車だったので、かなり細かい路地裏とかを色々さまよいました。奈良は京都より味のある家並みが多いかもしれないと思うほど、昔ながらのところがありました。(健司)

少年法改正を前に

(2003.09.16)no.043


夏休みもはじまった7月下旬、とんでもない大人のあきれたニュースを耳にしました。山陽新幹線広島発東京行きひかり124号(乗客約700人)が岡山駅を出発して間もなく、扉が開いていることを示す警告灯がついたため、運転士が非常ブレーキで停車したということ。
 車掌さんが点検したところ、非常用ドアコックが操作されていた。付近にいた男性客「岡山駅に忘れ物をしたので操作した」ということ。あきれるというか、これじゃ少年法の改正の前に、大人の道徳、常識の改正をした方がいい。
 個人的には刑法というか、罪に対する刑が軽すぎると思う。だからといって実刑を増やすとか、そういう意味ではなく、もっともっと『恥』に対する世間の『目』を強いものにできないのでしょうか。なかなか日本人には罪という意識が芽生えにくいのかな。どうせ罪を犯しても人権、人権で被告は守られるのがおち。それよりも罪を犯したら、とてつもなく恥を感じてしまう。そんでもって外にも出られないような世間の目を養っていく方がいいんじゃないなか。
 たとえば、新幹線を止めたこの男の場合、あなたはどうすればいいと思います。(ゆう)