1972年愛知県に生まれる。大学在学中バックパッカーとして欧米の国々をまわる。外国の町並みに見せられ、日本にもないものかと、日本の町並み散策に奔走。その過程で日本も捨てたもんじゃないと思うようになる。そっち系統の大学院に進んで町並みを整えていく困難を知る。長めの学生生活の後、一応、サラリーマンとして働く。その間、京都ものづくり塾で伝統工芸品関連のボランティアに参加。そこで知り合った同志と平成12年和楽社中を立ち上げる。サラリーマンとして働くも、就業状態が日本人として暮らすためには困難のため平成14年脱藩(脱サラ)。現在は大正末期の町家に相棒の寅と2人の同居人と暮らす。生計は和楽社中とwebデザインの仕事と2足の草鞋。趣味は旅と鉄道。好きな小説は司馬遼太郎の『峠』『燃えよ剣』『花神』。好きな人物は「最後の侍」幕末の長岡藩士河井継之介。好きな映画は『男はつらいよ』。性格は凝り性。収集癖あり。平成17年2月和楽社中卒業、修行へ。
和楽な暮らしをはじめて変わったことは?
1つ目は何かにつけ急がなくなりました。毎日着物を着ていますから、現代の暮らしかたからすとそんなに機動性がよくありません。逆にそのスピード感が日本人の暮らしのスピードなんだなって楽しんでいます。
2つ目はものの捉え方が変わりました。ものを買うとき「まずこれは本当にいるか」「これは長く使えるのか」「七和三洋のバランスに合うか」これが僕の3原則になりました。それにより無駄な物欲がなくなりました。
3つ目は安定感がもてるようになりました。現代のまわりに振り回されるライフスタイルとは違い、まあこのくらいでいいかなって言う、ある程度の落としどころをつけたライフスタイルに切り替えることにより、逆に安定感というか安心感がもてるようになりました。
どんなことからはじめましたか?
僕はまず家を探しました。現在住んでいる家は大正末期頃の木造家屋です。外国人が元々住んでいたので、自分たちの手でもとの日本の住まいに戻すことからはじめました。それは捨てることからはじまりました。ソファー、テーブル、イス、ベッドなど動かない道具(家具)は片っ端から捨てました。そしてござ、座布団、ちゃぶ台、和箪笥などにすり替えていきました。それが「三ガエル運動」です。さらに半年後ほどしてから、家に帰ってきたら着物に着替える「波平さん運動」をしていきました。初年度は年間2/3くらいは着物に袖を通したと思います。
他に心がけていることは日本の住まいは開放的なのでほこりがたまりやすい。掃除を欠かさずする事が大切だと思います。掃除機では御法度。やっぱり箒がいい。「これだけほこりがたまるのか」って掃除機でわかりますか?
古い家の探し方を教えて下さい
やっぱり古い家を見つけて、そこに住むこと。これが一番だと思います。家は暮らしの舞台です。その家の種類により暮らしのスタイルが決まってきます。今すぐには難しいかもしれませんが、やっぱり家は大切だと思います。そこで古い家を探すコツをお教えします。
1.外国人を頼る…悲しいかな、こういう物件は外国人ネットワークの情報量の方が日本人より持っています。外国人の友達を見つけ、そういう物件がないか聞いてみるといいですよ。外国人の場合、国に帰るので、年度末近くには空くことが多いです。
2.専門の業者を探す…一戸建てを扱っている古めの不動産屋さんがいいでしょう。チェーン店などの不動産屋は契約するのが目的で、あまり相談にはのってくれません。まちの不動産屋さんですと、意外な部件を持っています。
ポイントはお金をかけずに、時間をかけること。最初からお金をかけてしまうと、その後の暮らしもお金で解決するスタイルになってしまいます。
将来の不安はありませんか?
将来の不安はないとはいえません。ただ「今の一般的な暮らし」をしていても不安はついてまわるのではないでしょうか。「今の一般的な暮らし」の不安とは、お金、仕事、食、エネルギー、教育、理想像など、多くの面で他人に頼らざるを得ないことではないでしょうか。しかしその「他人」とは「隣近所」を指すのではなく、有名人、大企業のCM、中央的、大多数的な意味での他人。
それならば「今の一般的な暮らし」といい距離を保ちながら、自分で解決できることは自分で解決する暮らしをしていく方が、むしろ不安を積極的に解消していくんじゃないかと思っています。でも大切なことは七和三洋というか「他人」との程良い距離だと思います。全てを「他人」に任せるんじゃなく、3割程度は「他人」に任せ、7割程度は自分(たち)で解決していく意志や生命力のある暮らしを目指していますので、今は不安よりも、楽しみの方が上回っています。








