1979年京都に生まれる。いわゆる普通の大学に進学するつもりで高校生活を送っていたが、せっかく高いお金を払って学校に行くなら、浪人してでも興味のある美術の学校に行こうと決める。運がよく大学に合格し、楽しい学生生活を送る。学生時代にとても気の合う友達ができ、2人してどっぷりアジアにはまっていく。卒業後もアジアに旅にでるためにバイトを続ける日々となる。その後、偶然にも和楽社中の仲間と出会い、自分も和楽に染まっていくことになる。2003年9月、念願のインド一人旅にでかける。インドを通して、日本の素晴らしさ・自分にとっての和楽の必要性をしみじみと感じる。現在、和裁師に向けて修行中
和楽な暮らしを始めるきっかけ
和楽に出会うまで、わたしはアジアに刺激を求めて旅に出てばかりでした。
「生きるとはなんぞや」。アジア各国には日本にはない、たくましさがまだまだ残っていたのです。それが羨ましくもあり、日本から自分の心が離れていく理由でもあったように思います。外国で「日本はどんなところ?いいところ??」と聞かれるたび答えに困っていたことを思い出します。
なぜ答えられないのか。それは日本について知ることもせず、教えられることもなかったからでしょうね。和楽社中の仲間に出会ってから、日本の事も勉強するようになりわたしの考えは逆転しました。「日本人もこんな生活してたんだ!!」それは驚きの連続でした。日本人も川で洗濯をし、家畜を飼い、井戸で水をくみあげ、電気・ガスのない生活をしていたんだ!!わたしの憧れていたたくましい生活は日本にもあったのです。今思えば、それは憧れではなく、心に残っていた故郷のような、日本人としての遠い記憶だったのかもしれません・・・。
和楽ノススメ
わたしが和楽な生活を始めようと思いまず始めたことは‘着物暮らし’です。それまで持っていた、洋服の大半はリサイクルに回し、その代わりに眠っていた祖母の着物を引っ張り出してきました。半分は汚れがひどく、外には着ていけない着物でしたがそれでも大好きな祖母の着物を捨てる気にはならず、普段着に愛用しています。
着物暮らしを始めてから、お年寄りの方や普段では話す機会のないような人に声をかけてもらえるようになりました。「なつかしい着物きてるね。わたしも昔こんなん着てたわ。」とおばあさんは自分の青春時代を思い出すかのように話しかけてくれます。魚屋のおじさんや米屋のおじさんは「あんた着物似合うねー。渋い色の着物を若い子が着てたらかっこいいわ」といつも声をかけてくれます。洋服ではただの客なのですが、着物で外に出ることによって、覚えてくれるみたいです。
骨董屋さんのおじさんなんかは、「あんた、いっつも‘おしん’みたいな着物ばっかり着てるから安くしとくわ」って着物を安くで譲ってくれます。どこにいっても気軽に声をかけてもらえるのでこっちも楽しい、陽気な気分になれます。現代病であるストレスなんてなくなりますよ!!まずは着物暮らし、波平さん運動を始めて下さい。きっと、楽しすぎてやめられなくなりますよ。
将来の夢
それはもう、幸せな家庭を持つことです。ごく一般的なことかもしれませんが、わたしにとっては一番の夢です。その上、自給自足の生活、和楽の仲間との親族以上のつながり、本当に年をとっていくのが楽しみです。もう一つの夢が自分の母親のように、祖母のようにたくましい母親になることです。昔から「お母さんのようになりたい!!」と思っていたのですが、今でもその気持ちは変わりません。怒るときには厳しく、褒める時には優しく。理想の母親であります。
最後にもう一つ。これから、染織の道に入っていこうと思っています。インドの旅を終えて思ったこと。それは「わたしも自分の国、日本で腰をすえて何かを始めたい」という事でした。何ができるのと聞かれて何も答えられない、そんな自分が嫌でした。なら、何か始めればいいじゃん!!とても簡単なことですね。自分で動き出さないと何も始まらないのです。綿を育て、紡ぎ、染め、織り、形にする。こんなことから始めていこうかと思っています。最終目標、それは銘仙のような味のある反物を織って、着物に仕立て上げ、普段着として着ることです。そのために、和裁を習ったり、織りを始めたりとやらなければならないことは山ほどありますが、楽しみで仕方ありません。こんなにパワーがわいてくることって、今まで旅以外になかったのです。こんなことに気づけたのも、和楽に出会えたからだと思っています。みなさんも、できることから始めてみませんか?







